─「運命じゃなくて、啓示であって欲しいだけ。」
時に私は、自分が選択した事の動機を思い出せなくなる。
例えば、バイトを選んだきっかけや
自らギターを練習しようと思い立った時の事や、
自分に影響を与えているアーティストを知った時や、
物凄く同調する事の出来るビデオを手に取ったときの事。
それらは、自分が意識して行ったことでは無いと思う。
“ふと”何気ない拍子に出遭ったり、見つけたりしているのだ。
如何してそれを選んだのかが分からない。
如何してそれを発見し、見聞きしようと思ったのかが分からない。
誰かから事前に話を聞いていて、それが記憶に潜在していたのかも知れない。
あるいは一種のシンパシーなのかも知れない。
全ては偶然という名の“啓示”なのかも知れない。
よく分からないけれど、それらに出会った事で何かしら私に変化があった。
ウマの合う友達と出逢えたし、
大好きな音楽と深く関わる事が出来たし、
その音楽に影響を与えてくれる音楽を知ることが出来たし、
感覚が磨がれる様な映像を見て涙した。
運命とう言葉はあまり好きじゃないけれど、
一生の中でいくつか「出遭う」ものは定められているのかも知れないと、最近思う。
私が出遭った、そしてこれから出遭うであろう全てのものに、感謝。
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