右利きの憂鬱

2005年1月26日 SS
 
 
きっかけなんて
ほんの些細で、単純な事だったんだ。

 
例えば君が、僕の右隣に座っていた時、僕はふと、左利きになりたいと思った。
片方ずつ、手があいていれば、できることがあるはずなんだ。
君に触れたい。
君と手を繋ぎたい。
だけど臆病な僕は、まだ今日も右利きのまま。

「ねぇ、何見てんの?」
退屈な授業中に、隣から君の声が聞こえる。
違う方向を向いてても、誰が喋っているのか分かるんだ。
もちろん、それは君に限ってのことだけれど。

「空…見てた。」
君の方を向き直りながら、僕はぼそぼそと答える。
窓際に座る者だけが楽しめる、退屈な授業中の唯一の娯楽。
だけど、僕が見ているのはもっと別のもの。
青い、青い空よりも、もっときれいで大切なもの。

突然、ノートを取るのを止めてぶらりと垂らしていた右手に、温かいものが触れた。

「あげる。暇なんでしょ?」
君の左手から渡されたのは、甘い甘いいちご味の飴。
可愛い君に似合う飴。
「食べてたら暇つぶしになるよ」
にこっと微笑む君が愛しくて。
少しだけ触れた手のぬくもりが嬉しくて。

「ありがと…」
赤くなった顔を隠す為に、俯きながらそう答えた。
君が不思議そうに僕を見ているのが分かる。

少しだけ耳に入ってくる先生の声。
いい国作ろう鎌倉幕府?
後鳥羽上皇承久の乱?

何の話だ。

もっと君と話したい。
もっと君と触れ合いたい。
僕の頭のなかにあるのは、それだけで。

明日からは、窓に映る君を眺めてるだけじゃなく、
少しだけ、直接君を見てみようと思う。
出来れば、何か楽しい話をして、君を笑わせたいと思う。

そしていつか、君と手を繋ぐ時のために
ほんのちょっとだけ、左利きになる練習も、してみようと思う。

だけど今日の僕はまだ、臆病な右利きのまま。
僕が変わるきっかけは、ほんの些細な事だったんだ。

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